ちょっと寄り道 〜 マスカーニのオペラ作品一覧 ― Verismo(写実主義)の旗手が遺した、全15の舞台作品 ―

 イタリアの作曲家ピエトロ・マスカーニ(1863–1945)は、19世紀末から20世紀前半にかけて活躍し、その名をヨーロッパ全土に轟かせていました。代表作《カヴァレリア・ルスティカーナ》は、オペラ史に燦然と輝く傑作として広く知られていますが、彼はその一作にとどまらず、多彩なスタイルと題材によるオペラを次々と生み出しました。

 今回上演する《シルヴァーノ》は、《カヴァレリア》から5年後、32歳のときに完成された、マスカーニにとって5作目のオペラです。ここでは、マスカーニが生涯に完成・初演した全15作のオペラを、初演順にご紹介します。


《カヴァレリア・ルスティカーナ》 Cavalleria rusticana

初演:1890年5月17日/ローマ・コスタンツィ劇場

  • マスカーニの名を世界に知らしめた代表作。シチリアの村を舞台に、愛と嫉妬が引き起こす悲劇を描く。イタリア・ヴェリズモ(写実主義)オペラの金字塔。

2. 《友人フリッツ》 L’amico Fritz

初演:1891年10月31日/ローマ

  • 叙情的な雰囲気を湛えた牧歌的なオペラ。地主フリッツと村娘スゼルの恋模様が微笑ましく描かれ、「さくらんぼの二重唱」が特に有名。

3. 《イ・ランツァウ》 I Rantzau

初演:1892年11月10日/フィレンツェ

  • 対立する兄弟を描いた家族ドラマ。重厚な音楽が展開されるが、現在では上演機会はごく稀。

4. 《グリエルモ・ラトクリフ》 Guglielmo Ratcliff

初演:1895年2月16日/ミラノ・スカラ座

  • 青年期から構想されていた執念の大作。スコットランドを舞台にした激情の悲劇。第3幕間奏曲は映画『レイジング・ブル』でも使用された。

5. 《シルヴァーノ》 Silvano

初演:1895年3月25日/ミラノ・スカラ座

  • 海辺の町を舞台に、若者たちの愛と赦しを描く2幕の「海洋劇」。詩情あふれる旋律と、宗教的な祈りのモチーフが印象的。

6. 《ザネット》 Zanetto

初演:1896年3月2日/ペーザロ

  • 吟遊詩人ザネットと年上の女性シルヴィアとの一夜限りの出会い。登場人物2人だけの、静謐で内省的な短編オペラ。

7. 《イリス》 Iris

初演:1898年11月22日/ローマ

  • 日本を舞台に、純真な少女が運命に翻弄される姿を描く幻想的な抒情詩。冒頭の「太陽の賛歌」は特に有名。

8. 《レ・マスケレ》 Le maschere

初演:1901年1月17日/6都市同時上演(ミラノ、ローマなど)

  • 18世紀の仮面劇を模した喜劇オペラ。マスカーニ自身が「現代のコメディア・デッラルテ」として挑んだが、当時は酷評された野心作。

9. 《アミカ》 Amica

初演:1905年3月16日/モンテカルロ

  • 唯一のフランス語オペラ。アルプスの山村を舞台に、恋と家族の対立を描く叙情悲劇。のちにイタリア語版も制作された。

10. 《イザボー》 Isabeau

初演:1911年6月2日/ブエノスアイレス

  • 中世の姫イザボーと名もなき若者の純愛と死を描くロマンティックな伝説劇。バイロンの詩に着想を得た壮麗な作品。

11. 《パリジーナ》 Parisina

初演:1913年12月15日/ミラノ・スカラ座

  • バイロン原作の詩に基づく、禁じられた恋と死をテーマにした4幕の大作。台本は詩人ガブリエーレ・ダヌンツィオが担当。

12. 《ロドレッタ》 Lodoletta

初演:1917年4月30日/ローマ

  • オランダの村を舞台に、純粋な少女ロドレッタの恋と別れを描く心温まる叙情オペラ。メトロポリタン歌劇場でも上演された。

13. 《イル・ピッコロ・マラート》 Il piccolo Marat

初演:1921年5月2日/ローマ

  • フランス革命期の混乱の中で、愛と正義を貫く青年の姿を描いた冒険劇。マスカーニ晩年のヒット作。

14. 《ピノッタ》 Pinotta

初演:1932年3月23日/サンレモ

  • 若き日のカンタータと歌曲をまとめて作られた田園劇。素朴で親しみやすい旋律にあふれた、異色の作品。

15. 《ネローネ》 Nerone

初演:1935年1月16日/ミラノ・スカラ座

  • ローマ皇帝ネロの愛憎劇を描いた歴史悲劇。マスカーニ最晩年の大作として知られるが、上演機会は少ない。

 この一覧からもわかるとおり、マスカーニの創作は、オペラ・ブッファ(喜劇)から宗教的主題、さらには異国情緒あふれる幻想劇に至るまで、実に多彩です。
 ここに挙げた15のオペラ以外にも、オペレッタ《Sì》(1919)や、いくつかの未完作品・編曲オペラを手がけていますが、現在ではこの15作品が「公式な全オペラ作品」として広く認識されています
 日本では《カヴァレリア・ルスティカーナ》の上演が圧倒的に多く、それ以外では《友人フリッツ》と《イリス》が、ごく稀に取り上げられる程度にとどまっています。

 マスカーニは、ムッソリーニ体制下でミラノ・スカラ座の芸術監督を務めていたこともあり、戦後しばらくのあいだは評価が低迷していましたが、2013年の生誕150周年、2023年の160周年を機に研究が活発になり、近年は世界的に再評価の動きが高まっています。
 出雲オペラとして取り組んだ《カヴァレリア・ルスティカーナ》オリジナル稿の上演は、その一環でもあり、世界のオペラ史に新たな足跡を刻んだ意義深い出来事でした。

 あまり知られていない作品の中にも、聴く人の心を揺さぶる素晴らしいオペラが数多く存在します。機会があればぜひ、それぞれの作品に込められたマスカーニの「情熱と詩情」に、耳を傾けてみてください。

マスカーニの音楽の特徴