マエストロが語る《シルヴァーノ》の魅力 ― おまけコーナー
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
実は小説を書くのが好きで、今回は《シルヴァーノ》のあらすじを、ちょっとした物語風に綴ってみました。日本初演となるこの作品に、少しでもご興味を持っていただけたなら、とても嬉しく思います。
海と祈りのあいだに ― マスカーニ《シルヴァーノ》
あらすじ~物語風
作 中井章徳
潮の香りが満ちる朝。 村の広場には、壺を抱えた水汲み女たちが集まり、海へ出た男たちの無事と豊かな漁の帰還を願っている。 そのすぐ傍ら、ひとりの女が静かに祈っていた。名はマティルデ。彼女の胸には、打ち消すことのできぬ秘密の苦しみがあった。
― 愛してはいけない人を、愛してしまったのだ。
その男の名は、シルヴァーノ。 かつて密輸に手を染め、村を追われた男。マティルデは彼の帰りを祈りながらも、彼の不在のあいだに、もう一人の男 ― レンツォの腕に抱かれてしまった。 どちらが本当の愛なのか。彼女にはもう、答えなど分からなかった。
そんなある日、赦しを受けたシルヴァーノが村に帰ってくる。 強くたくましくなった彼は、マティルデを迎えに来たのだ。「もう一度、共に生きていこう」と。
だがマティルデの心には、赦されない過去が重くのしかかる。それでも二人は抱き合い、互いの愛を確かめ合う。その瞬間、村人たちがレンツォを讃える歓声が響く。彼が漁に出るために用意した新しい船が、港を離れようとしていた。
シルヴァーノは仲間と共に海へ戻ることを決意し、レンツォに頼んで船に乗せてもらおうとする。はじめは拒んだレンツォだったが、シルヴァーノが、自分の罪は病気の母を支えるためだったと明かすと、しぶしぶ承諾する。
その陰で、マティルデとレンツォの間には、過去の関係を巡る沈黙の対立があった。マティルデはレンツォに、シルヴァーノには何も言わないでほしいと懇願する。だが、レンツォの胸には嫉妬の炎が燃えていた。あの女は自分を裏切ったのか。あの密輸人を、今も愛しているというのか。
そして、彼はこう告げる。
「今夜、いつもの岩場でシルヴァーノと会えば、俺はあいつを殺す」。
マティルデは凍りついた。選ぶのは、愛か、命か。
夕暮れの浜辺。赤く染まった空の下に、波音が低く響いている。シルヴァーノは母のもとに戻り、穏やかな時を過ごしていた。だが彼は知らない。レンツォが、まだこの陸にいるということを。
その頃、女たちは水平線の向こうに船影を探しながら、裏切られた恋人を歌に託していた。シルヴァーノの心に、不吉なざわめきがよぎる。「まさか、また彼女に何かが……」
マティルデは夜の岩場へ向かう。そこには、すでにレンツォの姿があった。
彼女は言う。「もう私はあなたのものではない。シルヴァーノを愛しているの。お願い、もう行って」
だがレンツォはナイフを取り出し、マティルデに迫る。「あいつを選ぶなら、お前の命を奪う」
。
マティルデは叫ぶ。「だったら私が死ぬわ。私の愛まで殺せると思うの?」
そこへ、シルヴァーノが現れる。レンツォは岩陰に隠れるが、シルヴァーノの目はすでにその影を捉えていた。「君は誰と話していた? そこにいたのは誰だ?」
マティルデは震えながらも「誰もいないわ」と答える。
だがシルヴァーノの胸に、猜疑の炎が灯る。「新しい男か?俺の知らぬうちに、お前はまた……」
そのとき、レンツォが姿を現す。次の瞬間、銃声が鳴り響く。
波は何事もなかったかのように寄せては返し、空には月が昇っていた。シルヴァーノの愛は、海に飲まれるように、運命のうねりの中へ消えていった。