マエストロが語る《シルヴァーノ》の魅力 ― 4人のキャスト紹介
4人のキャスト紹介
マスカーニの秘作《シルヴァーノ》は、港町を舞台に、海を背景として人間の本質を詩的かつ濃密に描き出したドラマです。指揮者として、またマスカーニ研究者として、この作品の真価を引き出すため、音楽性と演技力、さらには作品の世界観と深く共鳴する感性を持つ、役柄にふさわしい“等身大の魂”を持つ歌手を求めました。
今回出演する4人の歌手は、確かな技術と豊かな表現力を兼ね備え、地元に根ざしつつ、数多くの舞台で幅広い経験を積み、今もなお真摯な研鑽を重ねる稀有な存在です。
♠︎ シルヴァーノ役
野津 良佑(のつ りょうすけ)
島根県出身。くらしき作陽大学、同大学院、およびマスカーニ・オペラ・アカデミーにて研鑽を積む。声楽を勝部俊行、田中誠、藤田卓也、蓮井求道の各氏に、またイタリアにてR. Redoglia、R. Cazzaniga、C.A. de Lucia、F. Micarelliの各氏に師事。音楽学を故・森泰彦、故・丸山桂介の両氏に学ぶ。
《ドン・ジョヴァンニ》ドン・オッターヴィオ役、《愛の妙薬》ネモリーノ役、《椿姫》アルフレード役など、抒情的な役柄を中心にレパートリーを築き、キルギス国立歌劇場では團伊玖磨《夕鶴》与ひょう役で出演、好評を博す。近年は、《カヴァレリア・ルスティカーナ》トゥリッドゥ役や《シルヴァーノ》など、劇的要素を持つ作品にも意欲的に取り組んでいる。合唱指揮者としても多数の舞台に携わっており、IZUMOperaや出雲の春音楽祭、ゴルドーニ歌劇場における《カヴァレリア・ルスティカーナ》オリジナル稿ヨーロッパ初演などに参加。
甘く澄んだ声と高音域の安定した響き、緻密な音程感覚を持ち、作品に真摯に向き合いながら細部まで丁寧に役を築き上げる。読書を趣味とし、文学的素養に裏打ちされた言葉への鋭い感性と探究心を備える、抒情的な知性派テノール歌手。誠実な人柄がにじむ詩的な響きで、シルヴァーノの『愛』と『内なる葛藤』を繊細かつ情熱的に描き出す。
♣︎ レンツォ役
山本 忠寿(やまもと ただとし)
島根県出身。くらしき作陽大学音楽学部声楽専修卒業、同大学大学院修士課程修了。声楽を石橋久和、蓮井求道、合唱を山崎勝の各氏に師事。
在学中よりイタリア・オペラを中心にレパートリーを広げ、2013年《アイーダ》アモナズロ役に急遽抜擢されて初日を務める。ひろしまオペラルネッサンスでは《フィガロの結婚》《ジャンニ・スキッキ》で連続してタイトルロールを務めるなど、中四国から関西にかけて幅広く活躍。
IZUMOperaでは、《椿姫》オビニー侯爵役、《ドン・ジョヴァンニ》のタイトルロール、《12年後のカヴァレリア》ではブラジ役を務める。近年は社会福祉士の資格を取得し、広島を拠点に音楽と福祉の両分野で活動を広げている。現在、くらしき作陽大学音楽学部非常勤講師も務めている。
あたたかく柔らかい声に加え、洞察力に富んだ演技と高い適応力を併せ持つ。男気のある大胆さと細やかな感受性を併せ持ち、やさしさの奥に情熱と信念を秘めた音楽が魅力。船釣りを趣味とし、海に親しんで育った浜田市出身のバリトン歌手で、魚を捌く腕前も見事。漁師レンツォの荒々しさと力強さを、奥行きある歌唱ににじませる。
♡ マティルデ役
柳 くるみ(やなぎ くるみ)
岡山県出身。くらしき作陽大学卒業、同オペラ研究生修了後、イタリア・ヴェルディ音楽院大学院課程を修了。数々のコンクールで受賞歴を持ち、2010年には《椿姫》ヴィオレッタ役で倉敷とミラノの両地に出演。
ヴェネツィア・ビエンナーレ音楽部門にも2度参加し、F.ドナトーニ作曲《アルフレード、アルフレード》にも出演するなど、現代音楽にも積極的に取り組んでいる。IZUMOperaでは《ドン・ジョヴァンニ》ドンナ・アンナ役、《愛の妙薬》アディーナ役、《12年後のカヴァレリア》サントゥッツァ役を務めている。
現在は演奏活動と並行して教育にも力を注ぎ、くらしき作陽大学音楽学部、岡山県立岡山城東高校音楽コースの非常勤講師を務める。
イタリアでも高く評価された確かな技術と美しい声に加え、台本と楽譜を深く読み解き、作曲者の意図を音楽に昇華させる表現力を持つ。洗練された美意識と感受性に支えられた音楽で、言葉と旋律の奥にひそむ詩情と役柄の心情を声に宿らせる。マティルデという、繊細で気高い女性像を、清らかな響きと深い解釈で鮮やかに浮かび上がらせる。
♢ ローザ役
森田 麗子(もりた れいこ)
島根県出身。島根大学教育学部特音課程卒業、同大学専攻科修了。声楽を故・森山俊雄、福島明也、妻屋秀和の各氏に師事。
山陰地方を中心にオペラ・コンサートの出演多数。2017年には松江クラシックスドイツ公演にソリストとして参加し、好評を博す。IZUMOperaとは最も関わりが深く《カルメン》をはじめ、《椿姫》フローラ役、《カヴァレリア・ルスティカーナ》サントゥッツァ役、ルチア役、《12年後のカヴァレリア》ルチア役などを演じている。令和2年度島根県文化奨励賞を受賞。出雲楽友協会音楽家会員として地域文化にも貢献している。
包容力のある深い声と、役柄の内面に静かに寄り添いながら丁寧に役を築く表現力が魅力のメゾ・ソプラノ歌手。豊かな人生経験と長年の舞台活動を通じて育まれた音楽には、静かな情熱と深い慈しみが息づいている。母ローザが息子シルヴァーノに注ぐ深い愛と、葛藤を抱える一人の女性としての心の揺らぎを、共感力と成熟した歌唱で丹念に紡ぎ出す。
四人のキャストと合唱が織りなす豊かな響きが、マスカーニの描いた人間の情念と海の詩を立体的に浮かび上がらせることでしょう。
この舞台が、忘れられた傑作との出会いとなり、新たな命を吹き込む――そんな、「発見」と「再生」の瞬間となることを、心から願っています。