なぜ今、《シルヴァーノ》を出雲で?

 このオペラが描く物語は、決して特別な誰かのものではありません。日々を生きる私たち一人ひとりの心にひそむ、愛、怒り、嫉妬、そして赦しといった感情や葛藤 ――そうした人間の根源的な営みに、静かに、そして確かに寄り添ってきます。

 一見、日本人の暮らしからは遠い出来事のようにも思えますが、感情が極端な行為へと突き動かすという構造は、私たちの神話 ――『古事記』に描かれる物語にも通じています。舞台は遠くアドリア海沿岸の漁村でありながら、そこに響く音楽や情景には、どこか懐かしさや親しみを覚えるのではないでしょうか。孤独と再会、祈りと赦し ――そうした心の風景が、神々のふるさと・出雲の空気とやわらかく響き合います。

 この作品を、今、この出雲の地で上演することには、さまざまなご縁に導かれた深い意味があると感じています。忘れられていた音楽が、海を越え、時を越え、再び人々の心に息づく瞬間。それは、舞台芸術を通じて「真なる出雲のアイデンティティ」を追求する ―出雲フィルの〈Ver’Izumo(本当の出雲)〉プロジェクトそのものの姿です。

 この音楽との出会いが、皆さまにとっても、心に残る特別なひとときとなりますように。

ご来場の皆様へ